曲書緩想文

もともと音楽の話ばっかりしてました。今はよくわかりません。

陰に 日向に B-SIDE(荒井岳史 "beside" & @新宿TOWER RECORD 2014,07/16)

beside  [bisáid]

[前置詞]
1 …のそばに,…のとなりに,の近くに,…と並んで
2 …と比べると(compared with)
3 …をはずれて

[副詞]
1 そばに,並んで.
2 (まれ)さらに,おまけに.

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/ej3/8007/m0u/beside/

 

the band apart(以下バンアパ)のフロントマン荒井岳史が、初のフルアルバム"beside"をリリースした。

 

beside

beside

 

 

また、このリリース日に、TOWER RECORD新宿店の7階イベントスペースにて、発売記念ミニライブ(+α)が行われた。
その様子を振り返りながら、"beside"を何度か通して聴いた感想をだらだら書こうと思う。

 

 

バンアパではできないこと。

CDを買うとついてきたイベント参加券の整理番号は89番。
すでに60人以上は詰めているイベントスペースの壁際では、スクリーンに"シャッフルデイズ"のMVが映し出される。
21時ほぼちょうど、アナウンスとともに荒井は登場。やはりインストアライブの近さだと、185㎝のラグビー体型が抱えるアコースティックギターが小さく見える。
 
「皆様、この度は『アナと雪の女王』をお買い上げいただき、ありがとうございます!*1
第一声からその場を笑いに巻き込む。
 
「思った以上に人がたくさんいて、もうそれだけで俺は十分です。いや実際こういうイベントって怖いですよ。これで5人くらいしか来なかったら……もう相当エモいライブやるしかないなって。」
曲に入る前からここまで笑わせに来ることは、普段のライブではなかなかない。この時点で、バンドのライブとは違う「弾き語りミニライブ」のモードに切り替わっているのがわかる。
 
「たどたどしいところもあると思いますけれど、今日は最後までよろしくお願いします」といいつつも、途中も
「じゃあ次はそのアルバムの中の曲を…久しぶりだからできるかな……。『できるかな』って何だ(笑)何しにきたんだっていう
「時間どんだけ経ったっけ?(スタッフに確認)……10分しか経ってないの!? (笑)まあぶっちゃけ超絶緊張しますよね。」
 
この「たどたどしさ」を逆に武器にしていく余裕。
「緊張しないように」ではなく、その緊張を利用するくらいのふてぶてしさを身に付けた「オジさん」は強い。
 
ライブの1曲目は、アルバムのオープニングでもある"次の朝"。オープニングナンバーなのに「次の朝まではさようなら」と歌うが、↑THE HIGH-LOWS↓も確かファーストアルバムの1曲目が"グッドバイ"だった気がするので、それもアリなのだろう。
この曲は2011年のDVD発売記念インストア(荒井・木暮の二人で出演)でも見たので、「荒井ソロの定番曲」といってもいい。
 
演奏者達の個性が強く混ざり合うバンアパには、このシンプルさは逆にできない。そして、バンドの時よりもひときわメロディと歌声が優しく際立つ。
アルバムに入っている"街のどこかで"も、語りかけるような歌い方で、弾き語りミュージシャンとしての荒井の顔が見える。
 

バンドの延長か、反動か。

全編日本語詞になったバンアパの6thアルバム"街の14景"から1年数ヶ月。荒井のソロ活動もミニアルバム"Sparklers"、弾き語りライブなどを通じて充実してきた。前作"Sparklers"の時はレコーディングを自分たちのスタジオで、ドラムにバンアパの木暮栄一を迎え、6曲中2曲はバンアパのセルフカバーにするなど、まだバンアパとしての活動から離れきらない印象があったが、今回は「どこまでバンアパから離れるか」を1つのテーマに持ってきたと思える印象だ。 

 
「弾き語りをするにも手ぶらで行くより、CDを持って行った方が名刺代わりじゃないけど、経費にもなるんじゃないかなぁと。今回も実際ね…(と言いながら"beside"デザインのタオルを取り出す)あぁ〜、(汗を)吸うなぁ〜
僕はギター・ボーカル界屈指の汗っかき男と呼ばれていますからね。本当のプロはこんなに汗かきませんよ多分。」
Tシャツ、タオルにトートバッグ、果てはiPhoneケースまで、公式グッズも万全の態勢である。この商売気はバンアパのレーベル、ASIAN GOTHIC LABELではできない(見習ってほしいかどうかは別として)。
 
グッズだけではない。
今回のアルバム10曲の中で、荒井が自分で編曲したのは上の2曲を含む4曲。あとの6曲は外部からアレンジャーを迎えている。「いつもの4人」以外の手が加わった楽曲たちは、どのように化学反応を起こすのかという期待と戸惑い。
例えば、いきものがかりのプロデュースで有名な江口亮がアレンジした"メビウスループ"、"シオン"は正統派J-POPらしいストリングスやシンセサイザーが入り、「これがバンアパ荒井の作品!?」という困惑をファンに(僕に)与えた。
バンアパの延長」として聴くなら抵抗や反発も出そうなアレンジだけれど、そうでなければわざわざソロにした意味もない。これでいいんじゃないかと思う。
 
 
「普段はthe band apartというバンドをしているんですが、バンドがあるからこそ、こういうソロと呼べる活動もさせてもらってて」
と荒井は言った。これだけバンドからかけ離れたことができるのも、バンドという帰る家があるからこそ、なのかもしれない。
 
ちなみに、先に荒井が「ギター・ボーカル界」と断りを入れたのは、たぶん同バンド内にもっと汗かきの人間がいるからかもしれない。
(参考:もっと汗かきの人)

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"銀猫街"への解答。

アルバムの7曲目"Blk 1, Silver Cat City"は、今作唯一のバンアパセルフカバー。

元ネタは、初めて日本語詞で曲を作った"2012 e.p."に収録の"銀猫街1丁目"だ。


the band apart 銀猫街1丁目 MV - YouTube

 

"銀猫街"のメロディを作ったのは木暮だが、木暮自身はこの曲をまだ試行錯誤の段階であるとして、インタビューなどでもいまいち完成度に満足していない様子だった。

http://kansai.pia.co.jp/interview/music/2013-04/the-band-apart.html

木暮「シングルは荒井と原とオレでメロディを作った曲が1曲ずつだったんですけど、自分が作った以外の2曲は作り方を変えずに日本語を乗せて成立しているなと思ったんですが、自分の曲は今まで通りの乗せ方だとちょっとメロディ過剰に聴こえるところがオレの中にはあって…。テンポが遅い歌モノに関しては、そのまま日本語を乗せてもいい感じになるんですけど、もうちょっとロックでエモーショナルな曲になると、メロディは歌というよりももう1つの楽器としてサウンド全体の中に混ざっている感じなのがいいと思って。

「速い曲でのメロディ過剰」という問題に対する木暮自身の解答は、やはり"ノード"(バンアパ"街の14景"収録)だろう。


the band apart "ノード" - YouTube

曲は激しく、速く。しかし荒井の歌だけは無気味なほどテンションを抑え、できるだけメロディを乗せない。難しいバランスの上に成り立つ*2この曲は、確かにそれまでにないバンアパの新しい境地を切り開いた。

 

"ノード"が「別の速い曲で問題点を修正した解答」である一方、このセルフカバーでは、「同一曲の調理法を変えることで問題点をクリアする」というアプローチになった。

この曲はタイトルのとおり、日本語詞だったものを英語詞に変え、歌詞の内容自体も変更を加えている*3。英語になるとメロディの乗り方も変わる。「英語の方が乗りやすいメロディ」だったのかどうかはわからない。荒井の歌い分けの技量が自然に聞こえさせているのかもしれないが。

そして、原曲の疾走するロック曲から、ゆったりしたアコースティックだけれど力強いアレンジに生まれ変わったこの曲。「ゆったり」とは言ったが、テンポ自体は原曲より上がっている。歌のテンポを上げて歯切れよくしたぶん、楽器隊の拍を半分にしてバランスをとっている。

 

こうして原曲と聴き比べると、アレンジャーのNagachoは木暮がこの曲でやり残したことをうまく理解し、かなりベストに近いアンサーを提示したんじゃないだろうか。

 

ところで、バンアパが日本語詞に転換したのは、弾き語りに際して"K and his bike"を日本語詞に書き換えてやってみて、「これは面白い」と思ったことが最大のきっかけだったという(1月のライブレポートにも書いたけれど)。

爾来、バンアパとして英語詞の曲は1曲もなかったわけだが、今回の「日本語→英語カバー」をきっかけに、逆にそろそろバンアパに英語詞の曲も復活しないかなぁ……などとやんわり思ってしまう。いや日本語詞もどんどん良い感じに仕上がっているのだけれど。

ところで幽氷菓とは何だったのか。

 

"思い出さない"という直球。

「じゃあ…この後めっちゃくちゃ暗い曲を(笑)」
アルバムを締める"思い出さない"という曲に、荒井はそう言った。
「ガチャガチャしてるんですよ俺たちのバンド。ゴリゴリっていうかブリブリっていうか…っていう感じのバンドを普段やっているせいか、その反動で普段やらないようなポップな曲をやろうとか、暗い曲を入れようとかっていう意識はしましたね。」
 
バンアパにはここまでまっすぐ悲しい曲というのは確かにない。
 
2010年の暮れに、実家に帰るスタッフの送別会目的で開かれたイベントがあった。そのトリを務めた主催者のバンアパは、アンコールのとき彼に向けて"Waiting"を演奏。
この"Waiting"、歌詞としては巡りゆく季節を歌い、遠い夏を冬に思うというだけだ。そして曲も明るく、晴れた日に口ずさんでもよく似合う。
それなのに、あの時聴いた"Waiting"は、なぜだか切なかった。
 
ということを思い出したが、"Waiting"に限らずバンアパの曲は、聴く季節や、天気や、状況によって、同じ曲が楽しくも悲しくも聴こえてくる。
そんな角度によって色を変える多面体の鉱石のようなバンアパの曲に対して、このソロはアルバム全編を通して解釈がわりとはっきりしやすい。特に"思い出さない"は歌詞もストレートに「失恋を何年かして振り返る」という伝わりやすさ。
"思い出さない"の他に"街のどこかで"、"シオン"も別れた恋人へのラブソングというだいぶ歌謡曲の定番となっているテーマだ。
 
奇を衒いようがないテーマで、真っ向からシンガーソングライターとしての荒井が試される。
それは、バンアパを知らない誰かにも、きっと届く。
 
 

生活のそばに。あなたのそばに。

セルフカバーあり、めちゃくちゃ暗い曲ありと、バンアパの曲からすればまさに「B盤」的な構成になっている。"beside"という単語の同発音"B-side"も絡んでいる、というのはこじつけか。
 
荒井はグッズの話をしているときにもこのように語っていた。
「俺は嬉しいですよ、これら全部記念品になりますからね。だから俺がジジイになったときに…まあもう半分ジジイみたいな、『弱・ジジイ』ですけど(笑)、その時に『ああ、俺もこんな時あったな』って言えるようになりたい」
 
「ぶっちゃけね、一回聴いただけじゃよくわかんないかもしれないんすよ。だからちょっと、通勤・通学のときとか、寝る前とか二回、三回聴いてみてください。そしたらもっと楽しんでもらえるんじゃないか、そんな『生活に即したCD』になったらいいなと……まぁ時間稼ぎにすごい喋ってますけど(笑)、これは本当の気持ちです」
 
 
ライブのラストには"シャッフルデイズ"を演奏。ここで荒井はバンドマンらしく 、
「せっかくなんでね…ちょっとお店の迷惑を無視して、手拍子的なやつをやったらどうでしょう?」と観客に語る。
タワレコの7階に響き渡るギターと歌とハンドクラップ。『アナ雪』を買いに来た人も、きゃりーぱみゅぱみゅの新譜を買いに来た人も、覚えていってくれると良いなあと思いながら、短いライブを終えた。
(ちなみに、この後「おじさんの手を握る会」こと、サイン&握手会も開催された。さすが、とんでもなくデカくてゴツゴツした手だった。)
 

*1:この日7月16日は、ディズニー映画『アナと雪の女王』のBD&DVDも発売日だった。

*2:最近のライブでも頻繁に演奏されるが、今でもうまく噛み合わないことが多い。

*3:クレジットを見ると、変更した歌詞も木暮が書いたようだ。