プリーズ・スコルド・ミー (Yes, We Love butchers 〜Tribute to bloodthirsty butchers〜)
葬礼というのは、一言に尽くせば、「他者からのかすかなシグナルを聞き落とさないための気配り」のことです。(中略)それは死者に向かって「あなたは私にどうしてほしいのですか?」と訊くことです。むろん、答えは返ってきません。でも、それまでの死者とのかかわりの記憶を細部にわたって甦らせれば、死者が「私」にどうふるまってほしいのか、どういう決断を下してほしいのか、どう生きてほしいのか、それを推察することは可能です。(内田樹『街場の教育論』より)
昨年5月末に急逝したbloodthirsty butchers(以下ブッチャーズ)のリーダー、吉村秀樹。
その早すぎる死を悼み、彼への愛情・恐怖・怒り、もろもろの感情をぶつけずにはいられない────
老若男女を問わぬロッカーたちが集結したブッチャーズのトリビュートアルバムが、今年の1月に2枚同時リリースされたのを皮切りにシリーズで出されている。
その第1弾、"Abandoned Puppy"に参加したメンツのうち、特に僕の注意を引いたのは
the band apart(以下バンアパ)がカバーした"2月 / February"と、
BRAHMANがカバーした"散文とブルース"だった。
Yes, We Love butchers ~Tribute to bloodthirsty butchers~Abandoned Puppy
- アーティスト: V.A
- 出版社/メーカー: 日本クラウン
- 発売日: 2014/01/29
- メディア: CD
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このアルバムより以前にバンアパがカバー曲を演った回数は、あまり多くない。
僕の知る限りでは、
① ディズニー音楽ロックカバーコンピ第1弾"Dive into Disney"に収録された、映画『ピノキオ』主題歌「星に願いを」こと、"When You Wish Upon A Star"*1
the band apart - when you wish upon a star ...
② 同シリーズ第2弾"MOSH PIT ON DISNEY!"収録、同じく『ピノキオ』挿入歌「困ったときには口笛を」こと、"Give A Little Whistle"
the band apart - give a little whistle (pinocchio cover ...
③ アメリカのMock Orange(以下Mock)とのスプリット"DANIELS e.p."収録の"evansville anthem"
the band apart - evansville anthem (music by mock ...
上に挙げた3つのカバーは、どれも原型を留めぬほどにぶっ壊し、バンアパの色に染め上げている。
①はほとんど1フレーズしかない原曲のサビをAメロにして、後半の盛り上がりではほとんど別曲に仕上げている*2。
②では前半の横ノリの「バンアパ節」から終盤の怒濤の加速で、これまた「素直になぞってたまるか」という(若さゆえの?)冒険心がむき出しになっていた。
唯一の「バンドのカバー」である③に至ってはさらに複雑な事情になっている。Mock Orangeに"evansville anthem"という曲は存在せず、この曲はMockのいくつかの楽曲をバラバラに分解し、歌とギターとベースがそれぞれ違う曲のものから使われるという、まさにパズルのようなカバー曲だ。
この"evansville anthem"が作り上げられたのが2006年*3。それ以来、 バンアパはセルフカバー以外のカバー曲を出していなかった。
そして8年後、今回のトリビュートに、4作目のカバー曲が寄せられる。
一聴して「おや?」と思った。
ほとんど原曲どおりなのである。
オリジナルほどベースを前面に出さず(ブッチャーズの射森矢雄のベースの出し方が独特すぎて、それは誰も真似していないのだが)に2本のギターをバランス良く振り分けたり、
ギターソロではハーモニカよりも川崎のギターを大きく出したり、
木暮の手癖を生かしてドラムの手数がかなり増えていたり、
サビには原のコーラスが荘重な味わいを付加したりするなど、
オリジナルにない要素が「足されて」はいるが、何も「解体されて」はいない。
前3作のカバーから「今回はどんなぶっ飛んだカバーに仕上げてくるのか!?」と考えていただけに、今回は少し「拍子抜けした」というのが最初に聴いたときの感想だった。
そこには、ディズニーカバーから匂い立つギラギラした野心や挑戦心は影を潜め、Mockに向けたイタズラ心も感じられない。
8年の歳月はthe band apartから「若さ」を奪ってしまったのか?
いや。
何度も聴いてくるうちに、これがバンアパの試行錯誤の結果に出した答えなのだと僕は思うようになった。
"DANIELS e.p."リリース時、原昌和は"evansville anthem"について、このようにコメントしていた。
カバーは完全に対モック・オレンジ。モック・オレンジだけが喜べばいいと思うカバーをしました。(中略)だからモック・オレンジが聴くと「何曲混ざってんだよ、これ」みたいに聴こえるんですけど(笑)。
(『INDIES ISSUE』 2006.09 / Vol.29より)
この時と同じスタンスでバンアパがカバーに取り組んでいたとすれば、
それは吉村だけが喜べばいい、吉村をニヤリとさせることだけが目的で、その挑戦の仕方は必ずしも彼らのヒットパターンとは一致しない。
そして、Mockに捧げたカバーと今回のカバーには、大きな違いがある。
それを受け取る相手が、この世にいないということだ。
「存在しない」相手には、日常的に自分がコミュニケーションの手段として用いる言葉も数字も音楽も通用しない。
バンアパの演奏力・表現力をもってして、前のカバーと同じように「バンアパ色」にすれば、ファンたちからも一定の評価が得られることは約束されている。しかし、それは吉村への敬意とは対極に位置するあり方だ。
ファンに対しても「こういう曲が好きなんだろう」という姿勢を何より嫌うバンアパは、何をすれば吉村が「喜ぶ」のか、まったく見えない中から試行錯誤をした。
その果てに出した答えが、今の自分たちの演奏力で、真っ正面から"2月"を辿ることだったのかもしれない。
それはまるで、「良い度胸してるじゃねーか」と吉村にひっぱたかれるのを望んでいるようにも見える。
一方、BRAHMANの"散文とブルース"に関しては、バンアパとはアプローチの仕方が違っている。
テンポが2.5割増しになっている*4ものの、曲アレンジ自体に大した違いはない。
が、このカバーの大きな特徴は、大サビが2フレーズ長くなり、そのぶん、歌詞が独自に付け足されているという点だ。
この世の果てまで 僕を連れてって
悲しみの向こうへ 僕を連れてって
あなたに会いに 僕を連れてって
いつの日か また 僕らを連れてって
オリジナル版にない歌詞を付け足すという手法自体は、布袋寅泰が1999年にhideへのトリビュートアルバムでカバーした"ROCKET DIVE"をはじめ、今までにも結構なされている(と思う)。
布袋寅泰 - HIDE - ROCKET DIVE hide with Spread ...
こうやって歌詞を付け足したり変えたりすることが良いとか悪いとかはさておき、BRAHMANの、TOSHI-LOWの「狙い」は何だったのだろうかということを考えてみたい。
このトリビュートシリーズの歌詞カードには、それぞれ歌詞とともに*5メンバーのコメントが書かれている。
TOSHI-LOWはそこで、以下のようにコメントしている。
普段だったらカバーする曲の歌詞をいじくったりしねぇけど
あの人に怒られんの覚悟で勝手に少し付け足した
おもいっきりブン殴られてやるから
酒でも喰らって横柄に待っててよ
文句も聞くし朝まで付き合うから
いつかまた会う時まで待っててよ
最初から「ブン殴られてやる」気で作る。
そうか、このトリビュートのコンセプトは、「偉大なロックミュージシャン」吉村に対する感謝や愛だけではない。
吉村秀樹という人は、ことあるごとに先輩風を吹かしては煙たがられ、子供のように馬鹿をやっては笑われ、「こんなふうにしか生きられない」と自分で言う不器用で可哀想な人だった。
このアルバムに集った友人・先輩・後輩たちは、皆そんな吉村の人となりを理解している。理解しているからこそ、吉村を喜ばせたり怒らせたりした自分たちの記憶と向き合ってカバーを作っているんじゃないか。
トリビュート第3弾"Night Walking"に参加したMO'SOME TONEBENDER*6のコメントからも、その一端を伺うことができる。
今回のレコーディングでは初年度ライジングサンでもブッチャーズのステージに置かれていたフェンダーデュアルショーマンアンプを使い、大したアレンジを加えず勢い重視でやりました。
吉村さんが聴いたらきっといいちこ片手に一晩説教されただろうと思います。
モーサムだけではない。同じ"Night Walking"組、bedの山口も、SiNEの本間も、
「吉村に駄目出しされたい」という旨のコメントを出している。
その愛され方は千差万別あれど、吉村秀樹という「面倒くさい友人」の喪失に対する、答えのない問いをつづけていくことが、彼と、ブッチャーズをずっと生かしていくことになるのかもしれない。
そこに、アレンジの大小とはまた別の挑戦心が浮かんで見えてきたのだと思う。
(参考)