But I Sing Your Song( "The Songs of Tony Sly : A Tribute")
確か中3のときだったと思う。
近所のスーパーのレンタルビデオコーナーで投げ売りされていた1枚のコンピレーションを買った。800円だった。
英字新聞調のデザインに巨漢のイラストというインパクト。そして参加ミュージシャンに、知ってから間もなかったHi-standardの名前。
Fat Wreck Chords(以下FWC)のレーベルコンピ第三弾だ。
僕は、そこでNoFXやSnuff・Lagwagon・Strung Outなどのメロディックパンクと出会った。
それから、10代後半から20代前半はほとんどパンクばかり聴いていた。あのレンタルビデオ屋の投げ売りが僕の音楽嗜好に割と決定的な影響を与えたんじゃないかと思う。
そして、そのコンピの中にはもちろん上記のバンドの他に、No Use For A Name(以下NUFAN)もいた。
それから十数年後、2012年、8月1日。
「喪失の実感」の喪失
日本でも多くのミュージシャンがその死を悼む声明を出し、僕の身の回りでも同じパンク好きの友人や、Twitterのタイムラインからは訃報を聞いてすぐに悲しむ声が上がっていた。たぶん本気で悲しんでいたと思う。
だからか、そのときに感じたのは、「何となく疎遠になってしまった旧友に二度と会えないことがわかった」ときの感じに似ている。いや、あるいは「子供の頃よく遊んだガン消し*1を何処かにしまったまま無くしてしまった」の方が近いか。もっとボンヤリした寂しさだった。
いずれにせよ、喪失感を感じるには、すでに少し遠くなっていた。
もっと身も蓋もない言い方をすると、Tonyが「いなくなったことが実感できなかった」のだ。
だから、自分の気持ちすらはっきりしていないのに、臆面もなく悲しみやお悔やみを口にすることに、一種のやましさを感じていた。
そしてそのまま、あまりそのことを考えないようにして1年ほど過ごした。
それから1年余り過ぎた2013年10月末、つまり約1か月前に、このTonyへの追悼トリビュートアルバムがFWCからリリースされた。
- アーティスト: Songs of Tony Sly: A Tribute
- 出版社/メーカー: Fat Wreck Chords
- 発売日: 2013/10/31
- メディア: CD
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FWC所属のバンド、およびレーベル外からも親交の深いBad ReligionやPennywiseなどの大物たちが集結し、総勢33バンド(個人含む)が集まった大作だ*2。
ただ、事前の情報がいくら出ても、やはり僕は素直に胸躍らす気にはなれず。
たぶんこれも映画を見るまでの時間潰しにタワーレコードをぶらついて、たまたま目に入らなければ買っていなかった(運良く公式発売日前に店頭に並んでいたのもあって)。
「あぁ、そういえば出ているんだっけ。」
と、何となく手に取って、安いからという理由でレジに持っていき、さほどの期待をせずに聴いた。
結論から言うと、
そんなことをグダグダと考えていたのが申し訳なくなるほど、素晴らしいアルバムだった。
もちろん、これだけ斜に構えていたわけだから、すぐに衝撃を受けたわけではない。
けれども、こうして1か月ほど何度も聴きこんでいくうちに、だんだんはっきりしてきたことがある。
これは「NUFANのトリビュート」ではない
第一印象で目立ったのは3曲目、Strung Outがカバーした"Soulmate"*3。
原曲の8ビートのロックを彼ららしいファストチューンに仕上げたカバーで、もし「このアルバムの曲を1曲だけ紹介する」としたら、これを挙げていいと思う。
たぶん、メロディックパンクバンドであるNUFANと、FWCに代表されるメロディックパンクを愛した人々の多くはこのカバーが最高だと思うんじゃないだろうか。
そのぐらい、このアルバムの「顔」と言っていい名カバーだ。
NUFANの曲以外にも、Tonyのソロアルバムに収録されている曲(どれも原曲はアコースティック)が、メロディックパンクのカバーがなされる。
たとえばLagwagonが"Discomfort INN"*4を、
Frenzal Rhombが"Flying South"*5を、
Teenage Bottlerocketが"Via Munich"*6を、原曲のしっとりした曲調とはかなり違った、スピード感あふれるナンバーに生まれ変わらせている。
そのどれもが、激しくなっても違和感がない。スピードにうまくマッチするメロディは、彼のソロ作品でも健在だった。
そして、それをごく自然にパンクにアレンジするFWCのバンドたち(FWC外のバンドも)の実力もさすがと言わざるを得ない。それだけでもこのアルバムを買う価値は十分にある。
だがしかし、
そうではあるが、これは「表の顔」だ。
このアルバムの「顔」は、1つではない。
そもそもこのトリビュートアルバムは、Dance Hall CrashersのシンガーであるKarina Denikeがカバーした"Biggest Lie"*7で幕を開けている。これは原曲のパワーとスピードに満ちたナンバーを、逆に沈みこむようにメランコリックなアカペラに変えている。
さらに、続く2曲目はMad Caddiesが"AM"*8をカバーしたものだが、これまたゆったりとしたスカというかロックステディの曲調になっている。
アルバム全体の導入たる1,2曲目にパンク的要素がまったくない(3曲目で前述の"Soulmate"がいきなり来るわけなのだが)。
これは、どういうことか。
全くの個人的な憶測だが、この2曲が今回のトリビュートアルバムのコンセプトを物語っているんじゃないだろうか。
すなわち、Tony Slyというシンガー・ソングライターへの敬意を示すと同時に、彼を追悼し、送り出すための儀式だと。
「速さの鎧」と「曲の骨格」
もう少し考えてみたい。
これが「No Use For A Nameのトリビュート」ではなく、「Tony Slyのトリビュート」だというのは、ただTonyのソロ作品のカバーも入れていく、ということ以上の意味を持っているのではないか。
Tonyのソロ曲をパンクにカバーした例は前述したが、このアルバムにはその逆、つまり「NUFANのメロディックパンク曲をアコースティックにカバーしたもの」も少なくない。1曲目の"Biggest Lie"はもちろんのこと、
他にもたとえばSnuffの"On the Outside"*9、
Simple Planの"Justified Black Eye"*10、
Rise Againstの"For Fiona"*11などなど、本職は(前述のパンクカバーをしていたバンドに劣らずの)ハードな音楽を奏でるバンドたちが、あえてその激しさを捨て、哀愁を込めて聴かせている。
これらのアコースティックカバーは、アルバムの「箸休め」というにはあまりにも強い存在感を放つ。
それが、このアルバムの「裏の顔」だと思う。
本来、ここに参加しているほぼすべてのバンドはパンクバンドなのだから、理屈から言えば全曲が激しくアップテンポなアレンジになっていても不思議ではない。
というか、聴く前の僕のイメージはそれだった。
ところが、そうはならなかった。
そうならなかったからこそ、このアルバムはただの「カバーアルバム」ではなく、「トリビュートアルバム」として価値があるのだと思う。
パンクに限らず、「速い曲」や「激しい曲」のアイデンティティは、その「速さ」や「激しさ」による高揚感に支えられている。
もちろん、そこにメロディや、声や、歌詞や、展開などが絡みあって全体的な曲の魅力を作っていくのだが、それでも「速い曲」かそうでないかというのがロックの中ではかなり上位にある区分だ。
いっぽうこれは裏返すと、「速さ」や「激しさ」さえあれば、その他の要素は二次的になる。
言い方は悪くなるが、速さという「鎧」で他の面を覆ってしまう。
すると、「勢いでごまかせてしまう」という面も確実に出てくるのだろう。
余談だが、2000年代の中期あたりをピークに、一時期ポップスやアニメ主題歌などのパンクカバーというものが、雨後のタケノコのように氾濫した時期がある(今も一部のミュージシャンはやっているか)。
僕はパンクばかり聴いていた時期でも、これらのカバーはどうも好きになれなかったし、たぶん今後も好きになれないと思う。
それは、「速くすればお前ら満足なんだろ?(もともと売れた曲だから素材は一定の保証がされているし)」という、原曲に対する作り手側の敬意のなさを感じてしまうからだ。
速さという鎧を着込んで、原曲を自分好みに利用していく姿勢を、トリビュートとは言わない。
さて、このアルバムの中で、前述したいくつかのバンドは、その鎧を自分から脱いでいる。
「速さ」「激しさ」のアイデンティティをクリアする。ごまかしの効かない曲の素のクオリティが試される。
その結果、これらが前述のファストカバーの逆で「スローになっても違和感がない」ということもあったが、それ以上に僕らファンでも今まで勢いの鎧の中で見えていなかったものが、曲の中に見えてきた。
Tonyが激しさ以外で表現したかったこと。
改めて歌詞カードを引っ張り出して考える、歌詞の持つ意味。
そして、おそらくはTony自身も意図していなかった、曲の持つ別の側面。
僕が今このアルバムで最も重要な役割を果たしていると思うトラックは、Rise Againstがカバーした"For Fiona"。
シンガーTim Mcilrathがギター1本で歌い上げる歌詞が印象的だ。
"So you stay young while I get old / But always know, I'm your best friend"
この曲はTonyが娘に対する愛情を歌ったものだが、今、こうして聴いていくと、全く同じ歌詞が、まるでTony本人に向けられているようにも思える。
Tonyが彼の愛する者へ向けて作った歌を、Rise Againstというハードコアバンドのシンガーが歌う。
そこにはハードコアだとかメロディックだとかの概念も、作った本人の意思さえも超越した別のSomething Specialが生まれていく。
通夜か、それに似たもの
そうしてこのアルバムに寄せられた実に多彩なカバーを聴いているにしたがって、Tony Slyというミュージシャンがどのような人物かが分かってくると同時に、今まで思っていた姿とはかけ離れたものが浮かんでくる。
ふとこれは、何かに似ていると思い当たった。
そうか、「通夜」だ。
通夜の席では(一般的に)ビールを飲み、寿司をつまみながら、弔問客が故人の思い出を語る。
様々な人が「自分と故人の忘れがたい思い出」を話すが、ある人の話に登場する故人と、別の人の話に登場する故人は、まるで同一人物とは思えないほど違う振る舞いをしていることがある。
「俺の知っていたあいつはそんなことを言うような奴じゃなかったんだけどな」
というエピソードがいくつも混ざりあい、いつしか各々の中で、故人のイメージは混沌としてくる。
そんなふうに、語る人ごとにそれぞれ思い出の様相が異なり、聞けば聞くほど新しい顔がぼんやりと浮かんでくるようならば、その人は本当に厚みのある人生を送ってきたといえる、
という話をどこかで聞いたことがある(僕が考えたわけではないけれど)。
「喪失感のその先」へ
*1:バンダイから自動販売機で発売されていたSDガンダムの塩ビ人形。正式名称は「ガシャポン戦士」。
*2:CDに収録されているのはそのうち25バンド。残りの8バンドはCD収録時間の限界を超えているので入らず、中のDLコードでデジタル音源を入手すると聴ける仕様になっている。
*3:3rdアルバム"iLeche Con Carne!"(1995)収録
*4:2ndソロアルバム"Sad Bear"(2011)収録
*5:同上
*6:1stソロアルバム"12 Song Program"(2010)収録
*7:最後の8thアルバム"The Feel Good Record of the Year"(2008)収録
*8:1stソロ収録
*9:4thアルバム"Making Friends"(1997)収録
*10:3rd収録
*11:7thアルバム"Keep Them Confused"(2005)収録