曲書緩想文

もともと音楽の話ばっかりしてました。今はよくわかりません。

未来系チュー二ングアップ(the band apart @千葉LOOK 2015, 02/21)

新宿から総武線に乗りっぱなしで1時間少し。首都圏の主要ライブハウスとしては東の果てに位置する、千葉LOOK

その狭苦しい室内の最深部にある小さなトイレで用を足していると、不意に背後から尋常ならざる巨大な(オーラ的にというよりどっちかというと物理的に)気配を感じる。

振り返ると、そこにはよく知る大男が順番待ちをしていた。

「よく知る」といっても知り合いではない。

the band apart(以下バンアパ)の荒井岳史だ。

 

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バンアパの7枚目のアルバム"謎のオープンワールド"がリリースされてちょうど1ヶ月。

某掲示板は荒れに荒れ、基本手放しで☆5つのAmazonレビューですら意見が真っ二つに割れる、バンド史上最大の賛否両論を巻き起こした問題作である。

僕も発売から1週間ほど経った後に購入したときは、一聴して「えっ」と戸惑った。

ミックス・ポップネス・世界観。あらゆる面で、馴染みやすいようでどこか引っかかる。こんなにスッと入ってきにくい印象は、バンアパのこれまでの作品にはなかった。

「痒いところに手が届かない」というか、「『そこ痒かったっけ』という部分が痒くなる」ような不思議な感覚。

「何度も聴けば良く感じるんじゃ……」→「いやダメだ何度も聴くのがキツイ」と思うこともあった。

「あれ、この曲のこのへん変だな……」→「よく聴くと面白いな!」となることもあった。

僕の中で、まだこのアルバムにどんな感想を述べれば良いか、判然としない。もしかしたらこのアルバムは、聴く者の印象を不断に変え続ける、それこそ「謎」の力が込められているのかもしれない。

 

アルバムの出来について、リリース当初のインタビューによると、木暮栄一いわく

「ちょっと違うかなと思ったりもして、最初はすげえよくできたみたいな印象がなかったんですよ。なんか、気持ち悪い曲ばっかりだなって(笑)。でも、今はいいと思ってるんですけど、冷静に判断するにはもうちょい時間が必要かな。」*1

原昌和いわく

「ライブでやってからですね。ライブでやらないとわからない。」*2

メンバー自身でさえ、出来上がった作品がどんなものなのかをいまだに掴みかねる状況。

それは、迷いか。それとも、進化の過程か─────

リリースツアー直前、彼らの「いま」を千葉に見に行った。

 

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千葉LOOKは小さなハコだ。ロッカーがないライブハウスには久しぶりに来た気がする。

僕が来た時点ですでに開演予定時刻の18:30。時間が押してまだ1つめのバンドが始まっていなかったが、ソールドアウトの会場内は入り口からなかなか先に進めない。が、なんとか人混みの合間を縫うと、満員電車と同じで中の方は割と余裕があった。

物販にちらりと目をやる。バンアパのテーブルにはTシャツやタオルに混じって、新譜発売記念巻頭50ページバンアパインタビューのindies issueが売られていた。商魂たくましい。

自主レーベルASIAN GOTHIC LABELも、社長交代後のこの2年くらいでCD特典やグッズにかなり商売気を出すようになった。バンドのスタンス自体は変わらないだろうが、良くも悪くも数年前とは少しずつ歩み方を変えている。

 

ところで、小さいといえばこの千葉LOOK、おそらく楽屋にトイレがない(のか故障中なのか)ようで、スタッフや出演者がわざわざトイレのためにフロアに降りて客と同じトイレを使う

無論そのときに話しかけるような無粋な輩はいないのだけれど、冒頭で書いたようなエンカウントがあると、普段できない経験だけにかなり慌てる。

こういうときどんな顔すればいいかわからないの。

 

 

さて、the coastguards、Noshowがどちらもキレの良い約40分のステージを切り上げると、いよいよトリのバンアパ登場だ*3

 

Noshow撤収後、メンバーがステージに上がってしばらくサウンドチェックをする。バンアパは基本的にサウンドチェック後に楽屋に下がらず、そのまま始めてしまう。ツアーやワンマンのときでなければ原則としてサウンドチェックも自分で行い、滅多にオープニングSEも入れない

これだけ知名度を高めても大物ぶらず、地に足の着いた姿勢が好きだ。そのまま「その辺の兄ちゃん(もうオッサンになりつつあるが)」でいてほしい。

 

しばらくすると荒井の合図でおもむろに客電が落ちる。上がる歓声。

木暮がドラム四つ打ちのビートを刻み始めてから、荒井の「ザ・バンドアパートです。よろしくお願いします!」の挨拶が入り、1曲目は"higher"。もう何百回、もしかしたら千回単位で演っているかもしれない定番中の定番曲だが、これを1曲目にもってくることに驚いた。

ハードコアバンドとALLのコピーバンド*4の後で、ミドルテンポの"higher"から始めるとは思わなかったからだ。バンアパを目当てにしてきたわけではない客も面食らう。

漫画『BECK』でもハードコア系の重鎮バンドひしめくイベントの中でアウェーの状況に風穴を空けるべくバラードから始める展開があった。大半の客は「フザケンな!」と怒るが、そこからの激しさを鮮烈に印象づけることで、その作戦は成功。この「奇襲」の効果は前の出演者の作り上げた空気を一度断ち切って、自分たちの土俵を造り直すことにあると思う。*5ここからは、バンアパの時間だ。

 

"higher"のアウトロを短く切り上げると、"I Love You Wasted Junks & Greens"で一気にテンポを上げる。パンキッシュな盛り上げモードに切り替え、各々のソロ回しで観客のテンションは一度に上がった。

そのまま立て続けに新譜のオープニングナンバー"笑うDJ"へ。

これをライブで聴くのは初めてだが、凄い。予想していたよりずっと、「ライブ向き」の格好良さだ。

 

"笑うDJ"は新譜の中では最もハードな曲だが、今回のアルバムは全体的に優しげな雰囲気の曲が多い。それが古い曲と混ざるとどのように聞こえるのだろうか、と気になっていた。

何というか、アルバムごとのミックスは随分違うので、iPodでシャッフルしてもどうしても「このアルバムの曲はラフに盛り上がる」「これのはポップに」など、アルバム単位で曲を捉えてしまう。それが、PAを一定にした「対等な条件」で並べて聴いたときの印象は、相当に違う。

これは昔の曲も今の演奏で変わってきていることと、おそらく無関係ではない。

その正体をなんとなく掴みかねるまま、サビでは多くのファンとともに僕も「笑うDJ!!」と叫ぶ。 

 

ところで、この"笑うDJ"の演奏中にちょっとしたハプニングが発生した。

川崎亘一のギターソロからCメロに入るときに(おそらく木暮が)合わせ方をミスし

、演奏がストップ。残響の中、荒井は木暮にカウントからそのまま入るよう伝える。

一度で荒井の意図が木暮に伝わらなかったようで数秒間が空くが(フロアからは笑いと歓声が響く)、二度目の合図で木暮がカウントを取ると、息ピッタリで曲が再開。逆に大盛り上がりを見せた。

 

曲終わって荒井のMC。

「間奏がね、たぶんちょっと未来に行ってたんで……フューチャー系の。まぁでも今の新しい曲なんですよ。だから『ああいう演出だ』っていう(笑)今日はまぁフューチャー系ってことで、そんな感じでみんなにじっくり味わって楽しんでもらえればいいかなと思ってますんで」

 

 

短いMCの後は引き続き新譜から"月と暁"。

これまでにないほど直球でシンプルにエモい、一歩間違えると「ダサイ」の域まで踏み込みそうなロックナンバーだ(たぶんこれが一番評価の分かれた曲だと思う)。

ここまでシンプルな曲は、ライブでのアレンジ次第で劇的に輝くのではないだろうかと思っている。特にこの"月と暁"のアウトロはほとんどまっさらな状態なので、このままにしていては少しもったいない気がする(この日はそのままだったけれど)。

考えてみれば1曲目の"higher"も2曲目の"I Love You Wasted Junks & Greens"も、何度となく演奏を重ねるうちに、もはやCDとはだいぶ違った形に落ち着いている。バンアパは他にもこの日は演っていない"Moonlight Stepper"のバリエーションや"Taipei"のアウトロ、"forget me not pt.2"のギターソロなど、「ライブでしか聴けない」バージョンを取りそろえており、今回のアルバムからもそういった特別版ができるのではないか。

先の"笑うDJ"の即席ブレイクも冗談交じりに「ああいう演出」と言っていたが、ここから何かが生まれたら、その瞬間に立ち会えたこの日は光栄だと思う。

 

そこからは"coral reef"、"beutiful vanity"の過去曲でどんどんテンションを上げていく。客もだけれど、わかりやすくだんだんテンションが上がってきていたのが川崎だった。

この日、ライブの前半は全体的にリズムが安定していると思ったが、その原因の1つに川崎の動きが大人しいというのがあった。彼の代名詞であるヘッドバンキングも、ギターの振りかぶりもほとんどない。だから演奏としては安定感があるのだけれど、動きとしては少し寂しかった。体調に不安でもあったのだろうか。

 

ロックスターによろしく(後編)(the band apart @心斎橋BIG CAT 2014 06/08) - 曲書緩想文

 

それが"coral reef"あたりから首を振るようになり、ライブ半分過ぎてからようやくいつもの動きになってきた。さすがに客席へのダイブまではしなかったが。*6

 

 

荒井「千葉、久々にこうしてバンドで来てライブ出来てるんで、改めてザキ*7、対バンしてくれたthe coastguardsの皆さん、Noshowのみなさん、本当にありがとうございました!」

としっかり謝辞を述べると、

原「何かクソみてえなライブハウスですねここは。便所みてえな。」

と、恒例の毒を吐き、場内爆笑。

 

折しもスキマスイッチのMC炎上騒動の直後だったが、長年積み重ねてきた原とファンの間の「プロレス」は、ネット社会も何のその(まぁ何かの災難で原が炎上することになったら、それはそれでみんな笑うと思う)。

ただ、何となく原もここ数年で丸くなり、落とした後でちゃんと礼を言うようになっている。この日もそろそろ「毒キャラ」に飽きてきたのか、

「本当はありがたいと思ってるんですけど、立ち位置的にわざと憎まれるようなことを言わないといけないっていうね。」

と、誰にともなく弁解して自分を振り返る。

そして原が「今日はどうもありがとう」と言うと、フロアからは大きな歓声が上がった。

この時、僕には聞こえていた。原がその後「もう二度と来ませんので」と最後にボソリと毒づいたのを。しかしそれは歓声でかき消されてしまってほとんど聞こえていなかった。結果、千葉のファンにとって原が「普通にいい人」みたいになっていたのが内心すごく面白かった。

 

 

終盤はまた新譜から"ピルグリム"。

歌詞に登場する「SHEDバッグ」はイベント主催者の山崎が手がけるブランド(

http://shedmfgcoltd.tumblr.com/)である。この日の"ピルグリム"は彼に捧げられたのだろうか。

 

ここでもやはり、"笑うDJ"、"月と暁"に感じたような「期待感」と「しっくりする感じ」があった。

先ほど掴みかねていたこの気持ちに、すこしだけ輪郭が与えられる。

もしかすると、新譜の曲たちは「いま」のバンアパにピッタリ合わせて作られているのか。いや、というより、バンアパという集団自体が「いま」より少し先へ、一番新しい音楽の形に自分たちをチューンナップしているのではないか。

だから、過去の曲もその印象を変えるし、最新の曲は今の彼らにマッチして聞こえる、のかもしれない。

自分でもよく分からないが、新譜のリリースツアーを見たらもう少しはっきりするのだろうか。今から楽しみだ。

 

"ピルグリム"からラストは流れるように"夜の向こうへ"で本編を締める。

そろそろ動きの激しくなった川崎がややリズムをずらすが、木暮のドラム、原のベース、荒井のリズムギターがどっしりと支えていた。この安定感があるから川崎も演奏面で好き勝手できるんだな、と改めて気づく。

 

 

「トリのアンコール」はお約束というかほぼ規定事項になっている昨今のライブ事情ではあるが、この1つ前に見たライブ(ANTEMASQUE @梅田CLUB QUATTRO 2015, 02/16)がメインなのにアンコールなし、という展開だったために「バンアパ主催」ではない今日はアンコールをするか一抹の不安があった。

待つこと2、3分。無事に現れた荒井は間が少し長引いた理由をこう言う。

「オーガナイザーのザキのリクエストを聞いたら、ことごとく(練習してないから)出来ないのばっかで」

いったい何をリクエストしたんだろう。"KATANA"とか……"C.A.H"とか……。

 

原「とりあえず止まったらもっかいリクエストで違う曲やろうぜ」

と笑いを誘い、改めて

「今日は何かすみません、『便所みたい』とか言って。ホントは全然思ってないですよ。何て綺麗なライブハウスなんだろう(棒)」

と言う。最後は毒無しの心からの「ありがとうございました」が出てきた。

 

山崎のリクエストによるアンコールは"free fall"。

最近は演ることがあまり多くないと聞いたが、個人的にはバンアパの中で1曲だけ人にお薦めするときにこの曲を挙げているので、大いにテンションが上がる。

後半の荒井主導のソロからの荒井・川崎・原のユニゾン、そして木暮の短いドラムソロもバッチリ決まって、急遽リクエストされたとは思えない完成度だった。

 

「じゃあ、また、どっかで。」

1曲だけで荒井がそう言い残し、メンバーは去る。

こうしてあっさりと、しかし確かな余韻と未来への手応えを残して、千葉の小さな、「便所のような」ライブハウスの夜は幕を下ろした。

 

 

SET LIST 

  1. higher
  2. I Love You Wasted Junks & Greens
  3. 笑うDJ
  4. 月と暁
  5. coral reef
  6. beautiful vanity
  7. ピルグリム
  8. 夜の向こうへ

  en. free fall

 

*1:『FOLLOW UP』vol.142より。

*2:『indies issue』vol.72より。

*3:トリではあるがこの日の出演者に優先順位はなく、3バンドともほとんど対等な立場。ただバンアパだけはトリの特権でアンコールをもらえるけれど。

*4:Noshowはアメリカの伝説的ポップパンクバンドALLの完コピを中心に、オリジナル曲も「ALLっぽい」ことを意識して短く、キャッチーなエイトビートの曲で固めたスタイル。

*5:前の出演者とジャンルが似ていてその空気に乗った方が良い場合、むしろ逆効果になることもあると思うが。

*6:"beautifl vanity"ではたまに川崎が客席にダイブすることもある。

*7:HUSKING BEEのドラマーでもあるアパレルショップ「PLUGS」の山崎聖之。彼が今回のイベントの主催者だった。