ただ、格好良いだけで。(ANTEMASQUE @梅田CLUB QUATTRO 2015, 02/16)
「2013年の頭に解散したThe Mars Volta(以下TMV)のOmar Rodríguez-LópezとCedric Bixler-Zavalaが三たびバンドを組んだ」
という話を知ったとき、最初に浮かんだ感情は、驚きだった。
次に浮かんだのは、喜びだった。
その一瞬後に浮かんだのは、大きな不安だった。
「2012年の再来になりはしないか」と。
2012年、TMVの6枚目のアルバム"Noctourniquet"リリースとほぼ時を同じくして、OmarとCedricは前身バンドAt the Drive-In(以下ATDI)を再結成。11年ぶりの「伝説のバンド」の復活に、世界中のファンが歓喜した。
僕も高校生のとき"Relationship of Command"に撃ち抜かれてATDIに嵌り、見たいと思っているうちに解散してしまったこのバンドが観れると思うと、さすがにテンションが上がった。
- アーティスト: At the Drive-In
- 出版社/メーカー: Fearless Records
- 発売日: 2004/11/09
- メディア: CD
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その気持ちのままアラサーになり、動画サイトにある往年のATDIのステージを見ては「うひゃー」とか言っていた。
が。
同年4月、アメリカはCoachella Festivalにて11年ぶりに世間に見せたATDIの姿は、変わり果てていた。
音だけ聴けば昔に近いが、Cedricは激太りして動きにキレがなく(これは2010年あたりから急激に太りだしたのもあるが)、間奏中にお湯を飲みに行く始末。
そして何よりOmarが終始棒立ちで、ただ弾くだけ。コーラスすらとらない、淡白な演奏。
往年の狂気じみたステージングとは、まるで別人である。
At the Drive-In - One Armed Scissor (Coachella 2012 Weekend 1) HD - YouTube
(比較用 : 2000年のライブパフォーマンス)
At The Drive In ; One Armed Scissor - Jools Holland ; November 2000 - YouTube
YouTubeでストリーミング配信されていたそのライブを見ながら、世界中のファンが困惑した。
「オマーが棒立ちすぎるww」
「やる気ねーだろオマー」
「オマーどうしちゃったの……」
この時、Twitterのトレンドワードに「オマー」が上っていたのをよく覚えている。*1
そのおよそ3ヶ月後、ATDIは日本のFUJI Rock Festivalに出演。しかし、そこでも同様のステージパフォーマンスであり、ファンの気持ちは困惑から失望へと変わっていった。
参考: AT THE DRIVE-IN | FUJIROCK EXPRESS'12|フジロック会場から最新レポートをお届け
もともとOmar自身
「もう自分には合わなくなっちゃった古いTシャツみたいなものなんだよ。それでも着てみるとなんかいい感じだなあっていう。それだけ単純なことなんだよ」
と、再結成をただのノスタルジーと捉えており、ATDIを展開する気は一切なかったという。
こうして、ATDIの再結成は
「何がしたかったんだ」「カネ目当てか」「伝説は伝説のままで終わるべきだった」と散々に揶揄されてフェードアウト。そのまま流れるように翌2013年頭にTMVも解散した。*2
2012年のATDIの再結成を肯定するファンもいるだろう。しかし、それ以上にあの再結成に幻滅させられた僕などは、このコンビ再始動の報を受けて
「またガッカリさせられるんじゃなかろうか」
と身構えざるを得なかった。
とはいえ、昨年の暮れにリリースされた新バンドANTEMASQUEのデビューアルバムは、ATDI(特に初〜中期)のようなシンプルさを下敷きにしつつも、TMVをくぐってこなければ決して体得し得なかった技巧的な「重さ」が絡み合い、本当に素晴らしい出来だ。個人的には2014年のベスト級に挙がる。
さて、すでにアナウンスされていた来日である。
決して安くないチケット代(6500円)。
見るなら大阪の単独公演なので交通費及び宿泊費もかかる。
そこまで出して、太ったCedricと棒立ちOmarを見せられたら……?という不安。
少しためらった後、それでも「新作の出来が良かったから」と、バンドを信じて行くことにした。
ATDIのときはCoachellaを見て一気にテンションが下がりFUJIに行くのを取り止めたが、今度こそ僕には見に行く必要がある、義務がある、と決心。今思うと何の義務感なのか不明だが、幸い月曜に休みができたのを利用して大阪へ行くことにした。
梅田の地下街ホワイティでたこ焼きを食べてから地上へ出ると、すぐにクアトロの建物があった。
10階に上がり、チケットをもぎる。
よし、最初に物販でTシャツその他を買っていこう。何せあのジャケデザインがそのままプリントされるだけでも相当かっこいいはずだ。さぁ─────
─────ない。
物販がどこにも見当たらない。そんな馬鹿な。
おや、ドリンクカウンターの奥の方に小さなブースが拵えられている。もしや…!
………バンドの公式グッズではなく、タワレコの出張販売だった。ANTEMASQUEと、TMVの旧譜の販売をしていたが、誰も買いにはいかない(そりゃまぁ高い金払って単独公演を観に来るような客は皆もうCD買ってるハズだし)。売り子の兄さんもやる気なさそうだ。
あのジャケデザインがそのままプリントされるだけでも相当かっこいいのに────と書くとバッタモンを自作したくなってくるが、それはまた別の機会に。
そういえば、この日は当日券が出ていた。
すなわちキャパ1000人の梅田クアトロで前売り券がソールドアウトしていないということで*3、はたして客が入ってるのか不安になってフロアの扉を開ける。
二階から見下ろすと、全部で客の入りは限界の6,7割といったところか。さすがに半分以上はいたと思うが。
確かにこの日は月曜日だ。だが、そもそもこの来日スケジュールが月火水の平日前半3日間という強行っぷりだし、しかも後の2日はFAITH NO MOREがメインになっている。そこしか入れられなかったのか。
薄々勘付いてはいたけれど、ANTEMASQUEは(少なくとも日本では)売れてない、というか本気で売れようとしていないのでは。
それは今でも確信に近い。
ただ、「売れようとしない」ことと、「やる気がない」ことは、同じだろうか。
同じだと思っていた。ATDI、TMVで成功を収めた彼らは、もう音楽への情熱を喪ってしまったのかもしれないと。
ステージを見るまでは。
19時35分、オープニングアクトのLe Butcheretteが激しくも不思議なステージを終えると、セットの転換に入った。
が、通常セッティングに最も時間のかかるドラムはすでに準備完了して、車のようにかかっているシートを取り去るだけで終わった。
あとはOmarと、実弟のベーシストMarfred用の機材のセッティング。そしてCedricとOmarのマイクスタンドの調整(Cedricのマイクスタンド位置がやはり高くて笑う)だけだ。
10分程度で転換が終了。早っ。
TMVの大所帯との比較をするまでもなく、最小限のシンプルなバンド編成。しかもOmarはギター1本のみ。持ち替えもないようだ。
しかし機材の準備はとうに終わっているのに、なかなかメンバーが現れる気配はない。あまり早すぎるとメイン感がないんじゃないか、などと同行した知人と話していた。あんなに、ビックリするほど転換が早く済むバンドはそうそう見た記憶がない。
空白の10分を経て、19時55分。
ドラムのDave Elitchが、OmarとMarfredの兄弟が、そしてCedricがステージに現れた。
全員、臙脂色(だと思う*4)のシャツに身を包み登場した、大きなアフロ頭達の威圧感は半端じゃない。
その瞬間、フロアの空気が変わった。Le Butcheretteの時は緩く楽しもうという雰囲気だったオーディエンスが、にわかに騒ぎ出す。雄叫び、指笛、諸手を上げて出迎える。
フロアは若干空いているが、「熱狂」の態勢は出来上がっている。
昨年の6月にthe band apartを観に来た時にも感じたけれども、大阪のロックファンのこういうストレートなノリというか勢い、僕は好きだ。2回しか来ていなくて偉そうに大阪を語るのもアレだが、東京で観るライブとは違う熱さがあるのはたしかだと思う。
「Hello…… Motherfuckers.」
Cedricがマイクを構えて一言だけ言う。観客の歓声を待つか待たぬか、すぐに高速ナンバー"In The Lurch"でライブスタート。
Omarは(ATDI全盛期ほどではないけれど)前に後ろにステップしながらギターを掻き毟り、Cedricもキレ良く腰を動かし、マイクを回し、あのハイトーンボイスを発する。数年前よりは痩せているのも動きを良くしている要因か。
照明は暗いまま、演出も何もない。小さくはないがそう大きくもないステージ上に、動画でしか観たことのないヒーローたちが動き回っている。
何だか現実感がなくて、僕はライブが始まって少しの間ぼーっとしてしまった。
ハッと我に返ってステージに目を注ぐと、OmarもCedricも、どこか余裕を感じさせながらもステージに全力で挑んでいる。Daveは動き大きく、一発一発が重厚な音を叩きこみ、Marfredはただひとり(他と対照的に)微動だにせず正確無比なグルーヴを弾く(そのやけに姿勢の良い姿から、最初はTMVのJuan Ardereteが弾いているのかと思ってしまった)。
このANTEMASQUEには、手抜きがない。そして、メンバーがガッチリと噛み合っている。
安心と感動ですっかりテンションが上がり、"4AM"の演奏を始めた時には僕も二階からフロア前方へ駆け出していた。
真近で見ると、やはり凄い迫力がある。というかこんなに近くで観られるとは。
Cedricがマイクを回し、バスドラムの上から飛び降りる度に僕はアイドルファンのように心の中で黄色い歓声を上げた。実際に上げたのはもう少し野太い声だし、その相手はむさ苦しいアフロのオッサンに対してだけど。
"50,000 Kilowatts"で大いにシンガロングし(あのOmarとCedricのバンドでシンガロングとは! TMVなら考えられないキャッチーさだ)、"Rome Armed To The Teeth"で拳を振り上げた時点で6曲。
MCは最初の一言以外ひとつもなく、時間にしてまだ20分ちょっとなのだが、ここでふと、2点ほど気付く。
①ここまでアップテンポな曲ばかり立て続けでテンション上がりっぱなしなのは良いけど、もうアップテンポはほとんどやり尽くしたんじゃないか?
②いやそもそもこのバンド、曲のストック自体アルバムの10曲しかないから、このペースだと全曲やっても30分ちょっとで終わるんですけど────
この時、まだ僕は知らない、
このライブ残り半分以上の時間が、3曲だけでなされること。そして、そこからが第2部、ANTEMASQUEのもう1つの顔の見せ場だったことを。
英語圏ではANTEMASQUEの音楽性をカテゴライズするのに"Progressive Punk Rock"という表現を使っているのを散見する。
ここまではほとんど"パンク"の側面だった。
7曲目、アルバム未収録の"Domimo Rain"。暗く、テンポを落とした妖しげな曲で、"プログレッシブ"面が徐々に出てくる。だがまだ前半からの流れに近い。その理由は、「オリジナル音源から展開をほぼ変えていない」からだ。それが逆に違和感になる。
違和感────ここに来てやっと気付いた。昔TMVのステージ映像を見てからずっと分かっていただろうに。彼らがCD通りの演奏で終わるはずがないと。
このタイミングまでほとんどCD通り、そしてパンク色を強く感じたのは、Omarのギターソロが無しに近いことが大きい。
そもそもアルバム自体、全体を通して"I Got No Remorse"の約10秒間しかギターソロが存在しないということに、なぜ「おや?」と思わなかったのか。
残り時間と曲数から考えたら、ここから先で必ず来る────原曲の何倍もの長さの間奏を従えたアレンジが。
それは、8曲目"Providence"で起きた。
2番までを歌い終え、原曲ではそんなに長くない間奏に入る。Cedricの歌がだんだんと消えるように小さくなると、反応するようにOmarがソロを弾き始めた。
ある時は曲の空気そのままのブルージーなフレーズを。ある時は全部をぶっ壊すほどの激しい速弾きを。そしてOmarに重ねるようにDaveも激しいフィルや、緻密なハイハットワークを繰り出し、その度にフロアから歓声が上がる。
1曲の間奏の中に静と動を何度も行き来し、気が付けばフロアの空気は先ほどまでの前のめりな熱狂から、目の前のプレイヤーへの陶酔に包まれていた。ちなみにCedricはその間ずっと踊っていた。
手元の時計を見る。曲が始まった時には20:25分を指していた針は、このインプロの間に15分以上進んでいた。間奏だけで15分近くあったのか*5。
やがて、OmarもDaveも演奏をフェードアウトさせてゆくと、静かにMarfredのベースに合わせ、原曲の間奏に帰ってきた。
僕のような素人には全くどのように戻るタイミングを合わせているのかわからないが、じわじわと最後のサビに近づいていくこの感じ、ゾクゾクしてくる。そして、一瞬のブレイクの後、一気にフロアを陶酔から熱狂の空間に引き戻す、Cedricの叫びのような歌。
おそらく、中には前半の勢いのまま突っ走ってほしかったファンもいたのだと思う。けれども、ATDIからTMVを経て辿り着いたこのバンドには、世界有数のギタリストであるOmarの変態性を遺憾無く観ることができるプログレ的な顔も欠かせないと感じた。
不思議な余韻で曲を終えると、最後はまたテンポを上げて"People Forget"。
Cedricは踊り狂い、叫び、サビではフロアにマイクを向ける。単純なサビの歌詞と歌いやすさで、巻き起こるシンガロング。
また、ここでも2〜3分のギターソロがあった。再びOmarが弾き倒す。何だよ、Omar楽しそうじゃないか。
あの2012年のATDIを観て何が残念だったかをもう一度振り返る。いろいろあっても大きなものは「メンバーの気持ちが噛み合わない」ことと「とにかくOmarがつまらなそう」だったことだ。
それがあんなにもATDIを格好悪く見せていたのならば、その逆をいったこの日のANTEMASQUEが、格好悪いはずはない。
Cedricのシャウトで曲を終えると、メンバーは1人1人奥へ。Daveの投げたスティックがもう少しで取れそうだったが取れなかった。残念。
一応、曲のストックはあと2曲ほどあるのでアンコールに期待したが、そのまま終演となった。およそ45分。メインアクトにしてはやや物足りなさを感じる時間だが、非常に楽しい思いができたのでよかった。
思い返せばこの日のライブ、
- 物販ナシ
- MCナシ
- 照明ナシ
- その他演出ナシ
- アンコールナシ
と、客サービスの欠片もない内容で、本当に売れる気ないんだなぁと。
あったものは、
- 全力で演奏する
- 楽しんで演奏する
だけだった。そしてそれが単純に
- 格好良すぎる
だけだった。
かつて、NUMBER GIRL終焉の日に向井秀徳は言った。
「売れる、売れない、二の次で
格好のよろしい歌ば作り
聴いてもらえりゃ万々歳
そんなあたしはかぶき者」*6
そう。ただ、格好良いだけで、十分なのだ。
SET LIST
01. In The Lurch
02. Momento Mori
03. 4AM
04. I Got No Remorse
05. 50,000 Kilowatts
06. Rome Armed To The Teeth
07. Domino Rain
08. Providence
09. People Forget
*1:ちなみに、"Sleepwalk Capsules"の有名な空耳「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」も、小規模ながら某天空の城のバルス的なTwitter瞬間風速を記録した模様。
*2:この時OmarとCedricの亀裂が決定的なものとなり、二度とこの二人が組むことはないと思われていただけに、「コンビ再始動」への驚きもひとしおだった。
*3:1月の終わりあたりにチケットを買った時点で整理番号が243番だった。ずいぶん前から販売開始していたのに何度e+のページを覗いても全く売り切れる気配がなくて逆にヤキモキした。
*4:この日、全編を通して一度も証明が明るくならなかったので本当に臙脂色だったのかは定かではない。
*5:"Providence"の原曲は4分48秒。これでもアルバム唯一の4分越えで、圧倒的最長なのだが。なおご存知TMVはデフォで10分越えの曲が多数で、7分や8分の曲もライブではたいがい10分を越えた。
*6:NUMBER GIRL "サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態"中のMCより。